静かに死に逝く、










下腹部に冷たい物が入込んだ。
それは銀のナイフ。
痛いと云う言葉は聲に出来ず宙に消えた。
抜いたナイフからは鮮血が滴っている。
傷からは生暖かい液体が溢れている。
此所で死ぬのかと思う。
守れなかった約束を思い出す。
云えなったことを悔やむ。
こんなにも心が痛むのに、
自分が死ぬ間際でも、
泣くことが、出来ない。
最期に眼にしたのは、嗤う母の貌。


◇◆◇


「行ってきます」と告げて家から出た。
そろそろやばいなぁと俺は客観的に考える。
自分の家のことなのに、現実味が無い。
父も母も御互いに限界なのだろう。
家の空気はキリキリしていて、何時殺し合いを始めるか解らない状況だ。
さすがに、殺し合いはいきすぎかもしれないけれど。
しかし、既に歯車は狂ってしまった。
今日も無事に終わるように祈るのには疲れてしまった。
だって、そんなに都合の良い神様なんて居ないから。
それに、友達と他愛ない会話をしていれば忘れることが出来る。
どんなに下らない話でもよかった。
それでまた明日を楽しみに出来た。
というよりも、それだけが頼みの綱だった。
いつかの理科の時間に、ビーカーを割って手をパックリ切ったことが在る。
血が溢れていた。
当たり前のこと。
そして、何故か俺は血がポタポタと落ちるのをじっと観ていた。
直ぐに血溜まりが出来て、周りが騒ぎ始めた。
痛いと思わなかったのは今でもとても不思議だ。
思えば、もう手遅れだったんだと思う。
その時に俺が思ったことは、人間って脆いなということと、
もっと傷付けたいなということ。
その日俺は家に帰ると、自分が怖くて蹲って震えていた。
自分が自分じゃあ無いと感じたんだ。
何かが壊れたように。
誰にも会わないで唯蹲って居た。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
誰にも触らないで欲しかった。
また自分が壊れていきそうだったから。
俺はそれから自分を、自分の本心を必死に隠した。
殺傷という衝動を押え付けてきた。
大丈夫。何も変わらないから。
自分が我慢すれば、気付かれることも無い。
溢れないように、はみ出さないように、つくろって。


◇◆◇


ナイフを翳した母は嗤っていた。
こんなにも、遠くなってしまったことに、今更気がつく。
顔を切り付けられた。
でも、俺が思ったのは、
なんて哀しいのだろうということ。
怖いとは思わなかった。
だって、どこかで勘付いていたから。
そして、同じだったから。
覚悟はして在る。
それに母は嗤うと同時に泣いていたんだ。


◇◆◇


「人は一生に一人しか人を殺せない」
唐突に友達、岡崎が云った。
今、考えると、本当は、友達だったのだろうか??
「何だよ、それ。」
俺には理解出来なかった。
世の中には殺人鬼と称されるような奴等も居るというのに。
「殺人鬼が行うのは殺戮という唯の行為。それは殺すことでは無いんだよ。」
「じゃあ、人間は誰を殺すんだ…?」
「自分自身を殺す。」
それ以外は殺せないということ。
「じゃあさ、人が人を殺す時ってどういう時?」
「自分の許容範囲を相手が超えた時にじゃあないかな。」
ずり落ちた眼鏡を上げながら岡崎はそう云った。
自分を相手が超えた時。
自分よりも相手が大きくなった時。
「なんてね。ごめんね、いきなりこんな話を聞かせて。だけどさ、俺達はこれか
らどうなるんだろうね。」
その眼はどこか遠くを見ていた。
俺じゃない、遠く。
「大丈夫、岡崎なら乗切れるさ。」
俺は柄にも無く、そんなことを口にした。


◇◆◇


意識が無くなる中、俺は初めて生きたいと思った。
死にたくないと
心から
そう
思った
なの、に
今更
何…故
思考にノイズがかかる。
そして
白い闇に
墜ちる


◇◆◇


「…岡、崎?」
「藤堂、お前どうしたんだよ。なんで、何、も言わない、んだよ。な、ぁどうし
て。」
眼が霞む。
彼の表情が、読めない。
真白な部屋だと思ったら、病院だったらしい。
生きてる?
あぁ、きっと彼は、 「俺はそんなに頼り無いか?お前の役に立てないのか?」
そんなんじゃ、無い。
迷惑をかけたくない。
見離されるのが怖い。
だって、全部自分が抱込めば問題無いじゃないか。
今迄ずっとそうだったように。
「じゃあお前は今、どうして此所に居るんだよ。何が問題無いだ。藤 堂 晴 日
は 殺 さ れ そ う だ っ た ん だ か ら な 。 」
そうか、じゃあきっとこれは俺の甘えだ。
「何時だってそうだったじゃないか。肝心なことを云わないで。今度ばかりは藤
堂を許さないからな。お前、死ぬ所だったんだから。」
そうか。
「…でも、今更だな。お前、今ここで生きてるんだろ?」


◇◆◇

思い出すのはセピア色の自分の家。




071017昔書いたやつ。
以下言い訳(反転プリーズ。

かなり前に書いたものに加筆修正。
岡崎氷月の原型がいます。
主人公の名前、ハルヒにしたら片山(友人)に嫌がられましたがそのままにしてあります。
読み辛いことこの上ないし、意味不です。
穴に入って反省します。


佐倉綾女